数年前、母が体調を崩したことをきっかけに、
病院や介護施設など、いろいろなところを回る機会がありました。
それまで介護の世界については、
建築の仕事を通じて一定の知識があるつもりでした。
介護施設の種類や建築基準、
バリアフリー設計、住宅改修で注意するべきことなど、一通り勉強してきたつもりです。
しかし、知識として知っていることと、
実際に家族として介護に向き合うことは、まったく違うものでした。
今回は、その経験から感じた介護リフォームの難しさについて書いてみたいと思います。

家族が突然体調を崩し、これまでの生活が難しくなる。
病院とのやり取り、介護認定、施設探し、今後の生活のことなど、
短期間で決めなければならないことが次々と出てきます。
そんな状況で、自宅の改修まで考えることになるわけです。
「ここに手すりを付けたほうがいい」
「段差をなくしたほうが安全」
「お風呂も改修しておいたほうがいい」
信頼するケアマネジャーさんからそう提案されれば、家族としては安心して任せたくなります。
実際、私自身も母のことで、
いろいろな提案を受ける立場になりました。
普段は建築の仕事をしている私でさえ、
家族の介護という状況になると、冷静に判断することの難しさを感じました。
まして建築の知識がない方なら、なおさらではないでしょうか。
介護リフォームで難しいと感じたのは、
専門家によって判断する視点が違うことです。
介護に携わる方は、利用者の身体状況や日常生活の安全性を中心に考えます。
これは当然のことで、非常に大切な視点です。
一方、建築の専門家は、それに加えて建物の構造や設備、
使い勝手、将来の変更、工事費用なども考えます。
例えば、手すりを設置する場合。
介護の視点では、身体を支えるために必要な場所や高さを考えます。
建築の視点では、そこに十分な下地があるのか、
確実に固定できるのか、扉の開閉や動線を妨げないか、といったことも確認します。
また、車椅子での生活を想定して大きく改修しても、
実際の身体状況や介助方法によっては、そこまでの工事が必要ない場合もあります。
逆に、今は必要なくても、将来を考えて準備しておいたほうがよい部分もあります。
介護として正しい提案と、建築工事として最適な提案は、必ずしも一致しないのです。
介護リフォームには、
介護保険による住宅改修費の支給をはじめ、自治体独自の助成制度などがあります。
こうした制度は、介護が必要な方やご家族にとって非常にありがたいものです。
ただ、気を付けたいことがあります。
それは、「補助金が使えるから、この工事もしておきましょう」という考え方が先行していないかということです。
本来は、生活の中で何に困っているのかを整理し、
必要な改修を考えたうえで、利用できる制度を確認するのが自然な順番だと思います。
ところが、介護の現場では、ケアマネジャーや福祉用具の事業者などを通じて、住宅改修の話が進むことがあります。
付き合いのある施工業者へ依頼し、
その中で計画から工事まで進んでいくケースもあるでしょう。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。
ただ、建物全体を見た専門的な検討が十分に行われないまま、工事内容が決まってしまう可能性はあります。
実際、介護リフォームに関する話を聞く中でも、後になって過剰だった、別の方法でもよかったという話を耳にすることがありました。
そして母の介護を通じて、私自身も提案を受ける側として、同じような問題を考える機会がありました。
補助金はありがたい制度ですが、使えることと、必要な工事であることは別の話です。
今回の経験で、特に難しいと感じたのがこの部分です。
介護に携わる方々は、利用者のことを考え、
少しでも安全に生活できるようにと提案してくださいます。
その多くは、良かれと思っての善意から生まれるものだと思います。
だからこそ、難しい。
明らかに不要な工事を売り込まれているのであれば、断ることもできます。
しかし、親身になって考えてくれている人から「安全のために必要です」と言われれば、家族としてはなかなか疑問を挟めません。
特に介護が始まったばかりの余裕のない時期であれば、なおさらです。
ただ、善意の提案であっても、
建築的な検討が不足していれば、結果として無駄な工事につながる可能性があります。
誰かが悪いという単純な話ではありません。
それぞれの専門家が、自分の専門分野から良いと思うことを提案している。
だからこそ、全体を見て判断する人が必要なのだと思います。
介護リフォームを考える際には、次のような点を確認してみてください。
今の身体状況で、本当に必要な工事なのか
福祉用具の利用など、工事以外の方法で対応できないか
身体状況が変化したときにも使いやすいか
建物の構造や設備に問題が生じないか
補助金の対象になることだけで工事を決めていないか
複数の方法を比較したか
例えば、段差の解消ひとつをとっても、
床全体を改修する方法もあれば、部分的なスロープなどで対応できる場合もあります。
どちらが良いかは、建物の状況や利用する方の身体状況によって変わります。
また、介護保険の住宅改修は原則として工事前の申請が必要で、対象工事や支給条件にも決まりがあります。
工事を急ぐ場合でも、担当のケアマネジャーや自治体に制度を確認しながら、
可能であれば建築の専門家にも相談してほしいと思います。
現場監督から始まり、設計やアフターメンテナンスまで経験してきましたが、
今回の母の介護では、建築の知識だけでは分からないことがたくさんありました。
介護する側の大変さ、時間的な余裕のなさ、専門家の言葉を頼りにしたくなる気持ち。
実際にその立場になって初めて分かったことも少なくありません。
一方で、建築の専門家として見ると、
もう少し違う方法があるのではないかと感じることもありました。
介護リフォームは、単に手すりを付けたり段差をなくしたりする工事ではありません。
その人が、これからどのように暮らしていくのか。
介護する家族にとっても、無理のない住まいになっているのか。
そして、必要以上のお金をかけずに、安全で使いやすい環境をつくれるのか。
そうしたことを総合的に考える必要があります。
介護の専門家と建築の専門家、そしてご本人とご家族。
それぞれの視点を持ち寄って考えることが、より良い介護リフォームにつながるのではないでしょうか。
これからご家族の介護に向き合う方には、ぜひ知っておいていただきたいことです。
急いでいるときほど、工事を決める前に一度立ち止まって、本当に必要な改修なのかを確認してほしい。
母の介護を経験して、建築に携わる者として改めて感じたことです。